回転するもの

 回転、回転運動は、根深いところでわたしたちを規定している。見上げた月は地球の周りを回転しており、この地球もまた回転している。地球がその周りを回っているという太陽も回っている。銀河も回っている。季節も巡る。地球の公転に合わせてだ。昼と夜が巡るのは地球の自転によるものだ。と、そんなことばかり考えていると目が回ってくる。
 視点を地上に据えて、生き物を見てみる。ブッダの教えには輪廻転生というものがある。今世での行いによって来世の生まれが決まるというものだ。またヒトになるかもしれないが、今度は牛かもしれない。そうなれば今度はヒトに捕食される身である。あるいは蚊。見つけた途端、ヒトは殺そうとしてくるかもしれない。何に生まれ変わるか、それはすべて今の行いによるものであり、今ヒトであれているのも、前世の行いのためだということになる。次はなんだろう。わからない。その次はなんだろう。わからない。その次は、次は……。終わりのない生命の巡り巡りは、輪っかの廻転である、という。信じる信じないはさておき、ひとつの死生観である。
 ではさらに視野を絞ってもう少し馴染みのある人間の営みに目を移そう。わたしたちはランチに行く。人数を伝えて席に案内される。着席したらおしぼりで手を拭く。水を飲む。メニューを決めて注文し、それが出来上がるまで雑談をしたりスマートフォンを開いてSNSやニュースを確認したりする。何も珍しくない光景だ。料理が運ばれてくる。運んでもらった料理を食べ終わり、少し休憩したら、そろそろいい時間だ、ということで、会計を済ませて店を出る。この一連の流れにかかる時間はおよそ30分程度であろう。昼休みではなく、休日に訪れるならその時間はもっと長くなるかもしれない。客としてのわたしも、接客や調理をしてくれる店員さんも、そのときはあまり意識していないかもしれないが、店長や、大きなチェーン店なら本部の人間は、ある回転の相でこの営みを眺めることになる。客席回転率だ。モニターの上では、来ては去っていく顧客は巡り巡る回転の率として現れる。客席数を分母に持つ、何回客を回せたか、という経営分析の指標である。
 あるいは場を回す、という。ご予約様の席では誰かがその場を「回して」いるかもしれない。その場に居合わせたらいい話が「回ってくる」かもしれない。お金を「回して」くれという懇願を受けるかもしれない。気を「回せる」ひとは大事がられるだろう、そんなひとは敵に「回し」たくないものだ。逆に、気を「回せない」ひとはどこかに「回される」かもしれない。
 と、回るものの中で、わたしたちはどこが中心かなどということはもうわからないくらいに多くの回転の中、回りながら生きている。ひとばかりではない、ものも回る。リ「サイクル」され、誰かのもとに渡り、また別のところへ、形を大きく小さく変えながら。どこからどこへ、誰のもとから誰のもとへものも変遷する……と考えてきたところで、ようやっとひとつの「回転」に着地することができそうだ。そろそろお気づきかもしれない。倉庫を基点とした、在庫の回転、「在庫回転率」である。
 数量を元にするか、金額を元にするかという方法はあるが、在庫回転率は、ある期間中に在庫がどれほど出入りしたかという指標だ。分母には平均在庫数や平均在庫金額が入るが、これが客席回転率でいうところの客席数のように、「1回転」を定めるものである。したがって、その在庫回転期間の数値が小さく、かつ在庫回転率の数値が大きくなれば、在庫がよく回っており、運用がうまくいっているという判断を下すことができる。極端に低い場合は保管しておくだけのコストがかかっているので、廃棄等を検討せねばならない。なお、業種・業態によって在庫回転率の傾向も異なるので、数値だけを見て杓子定規に比較すればよいというものでもない。あくまでそこには解釈の余地があるということだ。ちなみに、数量を用いる場合は過去の在庫数から算出すれば短いスパンでの計算が可能だが、在庫金額の場合は、期末を待たねばならない。
 地球の自転や公転があまり意識されないように普段は意識されづらいことだが、当然、以上の判断には前提がある。在庫とは入ってきては出ていくものであるという定義としての前提、在庫が出ていくということは同時に売上になるという経済的な前提、売上が増えるのはいいことだという道徳的価値観としての前提等である。今挙げたこの三つのうちのどれかひとつでも欠かすことはできない。もちろん他にもあるはずだ。こういった前提すべてに乗っかったうえで、在庫回転率が高い=よいということがやっと言えるのである。資本主義社会で、市場経済の中、ある一定の法整備の元、特定の環境に立脚しながら営利を求めて活動しているわたしたちは、その一端を在庫回転率として切り出すことで、見えない「回転」を見ようとしているのだ。

 

●参考文献
  • 山口雄大『全図解メーカーの仕事』2021年,ダイヤモンド社.
  • 「安全在庫の計算方法と知られていない問題点を解説」2020年(最終更新:2021/12/28),在庫管理110番,https://shikumika.com/column/%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%9C%A8%E5%BA%AB/ 最終閲覧:2022/4/21).
  • 「在庫回転率とは?計算方法や適正在庫を維持、回転率を上げるためのポイント」2022年,POS+,https://www.postas.co.jp/makesmiles/3781/#:~:text=%E5%9C%A8%E5%BA%AB%E5%9B%9E%E8%BB%A2%E7%8E%87%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BB%8A%E3%81%82%E3%82%8B%E5%9C%A8%E5%BA%AB%E3%81%AE%E9%87%91%E9%A1%8D,5%E5%9B%9E%2F%E6%9C%88%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82 (最終閲覧:2022/5/20).
  • 「在庫回転率とは?計算⽅法や向上のためのポイントを解説」2022年,S-POOL Logistics, https://www.spool.co.jp/service/logi/3pl/inventoryturnover.html (最終閲覧:2022/5/20).
  • 「儲けたい飲食店は滞在時間と回転率を意識して売上アップを目指そう!」,花王, https://pro.kao.com/jp/food-biz-support/management/business-column/021/ (最終閲覧:2022/5/20).
  • 「在庫評価方法【6つの在庫評価の方法と在庫評価損を計上する理由とは】」,SmartMat Cloud, https://www.smartmat.io/column/inventory/8042 (最終閲覧:2022/5/20)