在庫を所有し、それが足りないか過剰か、このくらい持っておけば問題ないか、ということを考えるのは、何も電脳工場や生産管理について頭を悩ませているときだけではない。倹約よりは消費が美徳とされるような社会にあって、つい消費する側面にばかり目が向いてしまいがちだが、わたしたちは日々さまざまな在庫を前にしているのである。というより、消費のあるところには既に消費すべき在庫がある。
わかりやすいのは非常食で、非常時に食べられるよう、平時から常に在庫として抱えておくものだ。近頃は防災の観点からローリングストックという方法が推奨されているのを耳にする。これは、普段使いのものと非常用のものを分けて管理するのではなく、少し多めに非常用のものを備蓄しておき、それを古いものから順に消費していくという方法である。あるいは、飲食店勤務の経験がある人は、「兄貴」から使うことを、当然のように知っているだろう。「兄貴」は古い食材で、「弟」は新しい食材のことである。考えてみれば当然のことで、「兄貴」や「弟」という言葉を知らなくても、新しいものばかりを使っていれば、冷蔵庫の奥に古い卵が残るのは目に見えている。自宅でも、生食用にと例外的に最新の鶏卵からピックすることもあるが、こうなれば変数は賞味期限だけではなく、その用途も含まれてくることになる。在庫管理という言葉から想像するようなたいそうなものではなくとも、わたしたちは各々が在庫をマネージしているのである。ある人はお気に入りのお菓子やお酒、あるいは煙草を。ティッシュペーパーを、歯磨き粉を。
ただ、それがいざ工場での生産となると、その切実さは変わってくる。何より扱うものの単位が違うし、欠品するということの重大さが違う。卵が1週間食べられなくても我慢すればいいし、たんぱく質を欲するなら他の食材で補えばよいが、欠品することでラインが止まるとなればそうはいかない。待っているのはユーザーであり、養うべき労働者やその家族であり、稼働したがっている設備たちだ。
そこで安全在庫がどの生産管理・在庫管理のテキストを開いてみても出てくるほどの重要なテーマだということになる。安全在庫とは「調達期間中の需要量のバラツキに対し、在庫切れの危険を緩衝する在庫のこと」(『生産管理がわかる事典』より)であるが、既に公式が存在している。すなわち以下である。
安全在庫=安全係数×使用量の標準偏差×√(発注リードタイム+発注間隔)
それぞれの項目についての丁寧な説明はネット上にも数多あるので、ここでは簡単にそれぞれが何に当たるかを述べる。まず安全係数だが、これは欠品をどれほど許容するかという値であり、予測誤差のデータを正規分布とみなした際の標準偏差を用いて算出する。安全係数はしばしば表になっているので、それを参照するとよい。以下は一例である。100回に5回の欠品までなら許容できる、というのであれば安全係数は1.65となる。
欠品許容率(%) | 安全係数 |
0.1 | 3.10 |
1.0 | 2.33 |
2.0 | 2.06 |
5.0 | 1.65 |
10.0 | 1.29 |
20.0 | 0.85 |
30.0 | 0.53 |
次に使用量の標準偏差だが、これはサンプルの数が多ければ多いほどより現実を反映したものとなる。発注リードタイムは発注から納品までの期間であり、発注間隔は、定期発注ならその間隔を、不定期発注の場合は0日を用いる。以上を用いると安全在庫が算出される。
そこでわたしも身近なもの、わたしの抱えている在庫品について安全在庫を計算してみることにした。その品目はわたしにとっては100回中3回なら切れてもよいので、安全係数を計算すると1.88になった。そして2週間分の標準偏差を出すと5.12となった。発注リードタイムは1日あれば調達できるので1とし、発注間隔は不定期発注なので0とすると、安全在庫は9.6となった。したがって小数点で切り上げて、わたしは10以上それを持っておけばよいということになる。
一体何の数字かわかっただろうか。
以上の安全在庫の計算はExcelの関数で簡単に行えるので、気になる人は各自の在庫品で計算してみるといいだろう。
ちなみに、この計算式で求めた安全在庫にも欠点がある。ひとつは、データが正規分布に近くなければならないということである。たとえばたくさん使うときと少ししか使わないときがあり、その間がほとんどないというような場合(分布の山が2つある場合)はこの公式は使うことができない。
もうひとつは、1年分のデータだけを用いて季節性のものの安全在庫を求めると、過剰在庫や、欠品の可能性が高くなってしまうということである。したがって、現実の在庫変動に合わせようと思ったら、夏/冬だけのデータを用いて計算する等の工夫をしなければならない。
●参考文献
- 菅又忠美,田中一成『生産管理がわかる事典』1986年,日本実業出版社.
- 田中一成『図解 生産管理』1999年,日本実業出版社.
- 田島悟,木村博光『生産管理の基礎知識が面白いほどわかる本』2008年,中経出版.
- 西沢和夫『生産管理部』2003年,日本能率協会マネジメントセンター.
- 「安全在庫の計算方法と知られていない問題点を解説」2020年(最終更新:2021/12/28),在庫管理110番,https://shikumika.com/column/%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%9C%A8%E5%BA%AB/ 最終閲覧:2022/4/21).