あ、間違えちゃった(前篇)

 ひとは可謬的存在だ。砕いていえば、わたしたち人間は誰もが間違える可能性がある生き物だ。思い返すまでもなく、この文章を書いているわたしは何回もタイプミスをしているし、ひとの名前を呼び間違えるし、朝礼で報告する本日の予定では、「EXQR現品照合」と「EX在庫診断」を言い間違える。

 人類史を振り返ったとき、人間は何度も大きな過ちを繰り返している。そしてそれを振り返ることのできるわたしたちは、同じ轍を踏むことはないと信じ切っている。でも、どの時代の人間も、今のわたしたちがそうであるように自分が正しいと信じて生きてきたのだし、そのとき正しいと思う選択をしてきた。そしてそれをあとからわたしたちは過ちだったのだ、と振り返っているに過ぎない。後出しじゃんけんで何でも言えてしまうわたしたちは、先出しじゃんけんでどうやって勝つかも考えないといけない。

 けれども、間違いはついしてしまう。人間の新たな領野を開いたひとのひとりに、フロイトという精神医学者がいる。その名は広く行き渡っており、また、今日のわたしたちも「意識」していないところで彼の影響下にいることが少なくない。しばしば就職活動のときに「自己分析」をするのも、精神分析的な知が広まっていることの証左であり、犯罪者を裁く際に生い立ちから、彼/彼女の犯行を「理解」しようとするのも、精神分析的な人間の切り取り方である。彼の理論に加えられるべき批判にもかかわらず、フロイトを読むべき理由である。

 さて、そのフロイトもまた、人間の「しくじり」に目を当てた。文章の読み間違い、書き間違い、打ち間違い、言い間違い、やり損ない、置き忘れ、言い忘れ、等々。こういったものを「失錯行為」と言う。そして夢の場合と同様、それがそのひとの無意識の現れだということになる。

 

 あ、間違えちゃった。

 

 フロイトの『日常生活の精神病理』を読むと、たくさんの事例が引かれては分析されている。たとえば、オーストリア国会の議長が議会の開会にあたって「皆さん、私は、これこれの人数の議員諸氏の出席を確認し、もって議会の閉会を宣言します」と発言し、爆笑を生んだ例を挙げている。この場合、議長は本当はこんな会は終わってほしかったのだ、と理解する。「開会します」と述べる意識的行為が、それに反する「閉会してしまえ」の無意識によって邪魔されるのである。どうして「かいかい」が「へいかい」になるのかという分析まではここでは追わないとしても、このような言い間違いはわたしたちにも身に覚えのあることだろう。

 そしてあるとき、あるひとは、誤出荷をしてしまう。宛先を間違えたのか、名前を間違えたのか、中身を間違えたのか、貼り方を間違えたのか、置き場所を間違えたのか。もちろん無意識だけが理由ではないだろう。疲れや、散漫な集中力や、思い込みといったものが(これらにも無意識がかかわっているともいえるが)あって、間違いやすい状況にあったのだろう。が、どれだけ注意していてもなんらかの理由で誤出荷は起こってしまうものだ。

 人間には誰にも無意識/潜在意識がある(「無い」わけではないから潜在意識という表現の方が馴染みはいい)。そしてその無意識/潜在意識には意識化されない部分がある以上、間違えざるを得ないものだ。そしてどんなソリューションにも人がかかわっているのだから、「最適化」を図ったとしても潜在的に誤謬は排除できない。したがって、「”最適”化」は不可能である。にもかかわらず、というより「”最適”化」が不可能だからこそ、どこまでも突き詰めていくことになる。もしかしたらもう隘路に入っているのかもしれない。

 間違いが無意識の現れであるのなら、少なくともその間違いは嫌悪し、忌避すべきではなく、事実として受け入れるべきもの、自己理解の一助とでもすべきものだろう。意識的には「誤り」ではあっても、無意識としてはそれは「正しい」もの・ことだからだ。そして、そうやって無意識から浮き上がってきたもの・ことを受け入れないですぐに忘れてしまおうとすることを精神分析では「抑圧」という。一時的にそれをやり過ごすことはできるが、しばしばより大きくなって回帰する。「溜め込んだストレスは発散しないとね」という言い方も、このような人間観に乗っかっている。

 とはいえ、誤謬はやはり建前上減らさないといけない(たまに小さな間違えをさえ絶対に許そうとしない本気のひとがあるけれども)。仕事の場面では減らすための手段を講じないといけない。そこで、間違いを減らす具体的な方法が必要となってくるのである。

後篇へ続く

●参考文献

フロイト,ジークムント『日常生活の精神病理』岩波書店, 2022.
フロイト,ジークムント『精神分析学入門』中央公論新社, 2019.
「心の丸窓(45)「しくじり」に潜む無意識 ―失錯行為とは?」,最終閲覧 2022/09/08, http://www.kokoronomori.jp/2016/11/21/post-80#:~:text=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E9%96%93%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AB%E9%99%90%E3%82%89%E3%81%9A,%E9%8C%AF%E8%A1%8C%E7%82%BA%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B3%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82 .

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