2020年6月19日、「Magic Leap 1(マジックリープワン)」が日本で初めて株式会社NTTドコモより販売開始されました。2018年8月にアメリカで発売されて以降、臨場感あるインタラクティブな体験をもたらすMRグラスとして盛んに利用開発されているMagic Leap 1が、ついに国内でも手に入るようになったとあって、xR業界はこれまでにない盛り上がりを見せています。そこで今回は、加速するxR市場の成長と、それに追随して進化し続けているMRグラスやスマートグラスについて、またそれらのデバイスによって、私たちの生活がどう変化していくのかを考えていきます。
以前のコラム「MR(複合現実)とは?製造業のMR活用例」では、VRやMRの特徴と実用例をご紹介しました。これらAR/VR/MR/SRと呼ばれる技術を総称してxR(x-Reality、クロスリアリティ)といいます。日々、めまぐるしく進化する技術によってもたらされる体験は、明確に「これはAR(VR、MR、SR)である」と分類して扱うことが難しく、「x(未知数の)」という枠にとらわれない表現が適切だとの考えから、xRという言葉が生まれました。
●VR(仮想現実)
VRとはVirtual Realityの略称で、日本語では「仮想現実」と訳されます。現実世界とは異なる仮想世界に”没入”したように見せる技術のことです。映画やドラマ、ゲームなど、とくに没入感や雰囲気を大切にするエンターテインメント業界と縁が深い技術です。VRスポーツ観戦やVR観光は既に実証段階に入っており、離れた場所からでもその場にいるかような臨場感を体験することが出来ます。有名なデバイスには、PlayStation VRやOculus Go、Oculus Liftなどがあります。
●AR(拡張現実)
ARとはAugmented Realityの略称で、日本語では「拡張現実」と訳されます。VRが現実とは全く別の「仮想空間」を作り出すのに対し、ARは現実世界をベースにCGなどのデジタル情報を加え、今見ている景色を拡張させます。「ポケモンGO」によって広く知られるようになった技術です。
●MR(複合現実)
MRとはMixed Realityの略称で、日本語では「複合現実」と訳されます。ARは現実世界の上に仮想世界の情報を表示させて現実を拡張するのに対し、MRでは、コンピューター内の仮想世界と現実世界を密接に融合させます。ARのように現実世界の中に仮想世界のデジタル情報を浮かび上がらせるだけでなく、VRのような仮想世界から現実世界をのぞくなど、さまざまな形で現実世界と仮想世界を融合する技術です。機材の上にマニュアルを表示して紙ベースの資料の削減する、完成品を画面上に表示しながら作業するなど、特に教育分野や産業分野への親和性が高い技術です。
●SR(代替現実)
SRはSubstitutional Realityの略称で、日本語では「代替現実」と訳されます。現実空間とよく似た過去の映像を画面に映し、それを現在、目の前で起きているように錯覚させる技術です。SRに限りませんが、視覚や聴覚だけでなく触覚や嗅覚とも組み合わせ、より現実に近い体験をもたらすことが多いです。この技術はまだ実験段階ですが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)治療など医療現場での活用が特に期待されています。
xRを実現するデバイスに、スマートグラスやMRグラスがあります。スマートフォンやパソコンと違い、デジタルコンテンツのハンズフリー操作が可能です。両手が塞がってしまう作業現場で非常にニーズが高く、現在、スマートグラスやMRグラスを使ったxR体験の開発が盛んに行われています。では、同じウェアラブルデバイスであるスマートグラスとMRグラスには、どのような違いがあるのでしょうか。
スマートグラスとは、レンズ部分に様々な機能が付加されているメガネ型デバイスです。AR/MRグラスと違い、現実を認識する機能はなく、現実空間にデジタル情報を重ねて表示することがスマートグラスの主な機能です。空間を認識するセンサーやカメラを搭載していないためシンプルなデザインになっており、普通のメガネと見た目が変わらないデバイスもあります。また、AR/MRグラスに比べ、安価に購入できます。さらに、スマートグラスのメリットは、情報を見るときに視線を移動させる必要がないということです。また、ディスプレイに情報を表示する機能をもたず、音声ガイドのみ搭載しているものもあります。
MRグラスとは、周辺の環境を認識する機能があるメガネ型のデバイスです。現実空間にある壁や床などをカメラやセンサーで認識し、デジタル情報を現実世界に重ねて表示します。そのため、机を認識して机の上に実際には存在しない物を置いたり、壁を認識して壁に合わせてデジタル情報を反映させたりすることができます。空間認識用のセンサーが搭載されており、スマートグラスに比べ重さがあります。見た目もメガネというよりはヘッドマウントディスプレイに近いです。
スマートグラスとMRグラスの大きな違いは、空間認識機能の有無です。MRグラスは空間認識機能が備わっていますが、スマートグラスにはありません。形状やその他機能の違いは、この空間認識の有無に付随するものといえるでしょう。
MRグラスの持つ空間認識機能は作業現場と相性が良く、現在、MRグラスは、工場での集積作業や、製造業の組立工程でのマニュアルの表示、検品作業などの業務で利用されることが多くあります。MRグラスを使用するとハンズフリーで作業が可能になり、作業効率化が期待できます。また、視線を動かさずにマニュアルを確認できるため、作業ミスの軽減にもつながります。
以下に、製造業でも実際に活用されている有名なMRグラス3種の比較と紹介を行います。
●HoloLens 2(HoloLens)
MRグラスの先駆者としてよく知られ、PCやスマートフォンなどの外部デバイスと接続せずに、専用のグラスを装着するだけで利用が可能です。視界がそのままディスプレイになり、アプリやブラウザを手の動きや音声で操作します。製造業や建築業界、教育分野など様々な現場で活用されています。
●Magic Leap 1
メガネ型のヘッドディスプレイ(Lightwear)と、プロセッサとバッテリーを内蔵したユニット(Lightpack)、スティック型コントローラー の3つから構成されたMRグラスです。Magic Leap 1の操作はハンドトラッキングをはじめ 、アイトラッキング、コントローラー、音声認識など、さまざまな方法があります。ハンドトラッキングは、指の関節まで認識できるほど高い精度であることが特徴です。Magic Leap 1は、2018年8月に開発者向けのクリエイター版がアメリカなど数カ国で販売されていますが、未だ日本への一般販売は行われていません。(2020年6月19日発売)
●Nreal Light
Magic Leap 1と同様、本体にバッテリーやCPU、GPUが入っているわけではなく、スマートフォンと接続して利用するデバイスです。Magic Leap 1と比べて外付けのユニットが非常に小さく軽量になっており、見た目もメガネに近いです。Nreal Lightは2台の位置トラッキング用カメラと1台のRGBカメラを搭載していますが、HoloLensやMagic Leap 1に比べるとカメラ数は少なく、位置トラッキングの精度は劣ります。代わりに、低価格かつ88gという軽さが特徴です。
MRグラス性能比較
HoloLens 2 | Magic Leap 1 | Nreal Light | |
---|---|---|---|
開発製造社 | Microsoft | Magic Leap | Nreal |
Bluetooth | Bluetooth 5 | Bluetooth 4.2 | ― |
電源タイプ | USB Type-C | USB Type-C | ― |
CPU | ARM | NVIDIA Parker SOC; 2 Denver 2.0 64-bit cores + 4 ARM Cortex A57 64-bit cores | Snapdragon 855 |
GPU | ― | NVIDIA Pascal、256 CUDA cores; Graphic APIs: OpenGL 4.5、Vulkan、OpenGL ES 3.3+ | ― |
メモリ | 4 GB LPDDR4x システム DRAM | 8 GB | ― |
ストレージ | 64-GB UFS 2.1 | 128 GB | ― |
OS | Windows 10 | Lumin OS | Android(外付けユニット) |
バッテリー | 2 ~ 3 時間 の連続使用可能 | 本体:最大3.5時間の連続使用可能
コントローラー:7.5時間稼働 |
2~3時間の連続使用可能 |
視野角 | 80度 水平方向:43度 垂直方向:29度 対角方向:52度 |
水平方向:40度 垂直方向:30度 対角方向:50度 |
52度 |
解像度 | 視野角1度あたり47ピクセル 2K画質 |
片眼あたり1.3Mピクセル | 1080ピクセル |
重量 | 566g | Lightwear:325g Lightpack:415g Control:151g |
88g |
付属品 | ヘッドセットのみ | Lightwear(ヘッドディスプレイ) Lightpack(プロセッサとバッテリーを内蔵したユニット) スティック型コントローラー |
本体 +コントローラー 、外付けユニット(NrealLight Developer Kit) |
価格 | 3500ドル(約385,000円) | 2,299ドル(約25万円) | 本体のみ:499ドル(約6万円) NrealLight Developer Kit:1,199ドル(約13万円) |
発売日・発表日 | 2019年2月に発表 | 2020年6月19日 日本で発売 | NrealLight Developer Kit:2020年5月予約開始 |
製品の強み | 外部機器との接続が不要 ハンズフリーでの操作可能 高画質・広範囲の視覚体験 |
「デジタルライトフィールド」ディスプレイが視覚の安定性を確保 納得感の高いコントローラーの操作 |
小型で低価格 普段装着しても違和感のないデザイン |
利用対象者 | 産業用途や教育現場などの業務向け | 産業用途、エンタメ、クリエイティブ系分野向け | 手軽にMRを体験してみたい人や個人向け |
取扱パートナー | SB C&S株式会社 (お問い合わせ先) |
NTTドコモ (お問い合わせ先) |
KDDI (※取扱開始前) |
※Microsoft「HoloLens の技術仕様」、Nreal「Nreal Light製品スペック」、Magic Leap「Magic Leap 1公式サイト」、NTT Docomo「製品情報>Magic Leap 1」を参考に株式会社エクスが作成
法人向け Microsoft HoloLens Japanでも多く紹介されているように、実際の業務現場でもxR技術が活用されるようになってきました。ここでは、HoloLensを使った事例をご紹介します。
【事例1】トヨタ自動車(https://www.youtube.com/watch?v=1nnIX75Vpn0)
2人×1日掛かっていた膜厚測定の準備が、HoloLensを使用することで1人×2時間で完了するなど、多くの工数の削減になっています。また、大型機械の設備入れ替えにおいて、ホログラムを使って、これから搬入・搬出する機材が他の機材や柱にぶつからないか、事前に確認できるという利点が紹介されています。
【事例2】清水建設株式会社(http://tsumikiseisaku.com/result/shimizu.html)
建築物のホログラムをHoloLensで共有しながらの検討会、建設用地に実寸大で表示させ重ね合わせて完成イメージの見える化を行っています。大きさに関わらず、模型では大変だった持ち運びも、ホログラムなら手軽に持ち出してプレゼンテーションできます。直感的に触れられるホログラムが現実を拡張し、誰にでも、理解、想像しやすいシステムを実現しています。
2つの事例から、製造業で利用されるxR技術は、特に業務の効率化や、大型の模型や機材などを扱うシーンに向いていると考えられています。
以上のように、xRやMRは業種を問わず幅広い活躍が期待されている技術です。AR、VRという言葉が広く周知されていなかった頃に比べ、スマートフォンやPCで誰でも簡単にxRが体験できるようになりました。また、HoloLensにも対応したゲームエンジンを提供するEpic Gamesからは、2020年5月13日にUnreal Engine 5が発表され、より一層xR技術へ注目が集まることが予想されます。
現実世界に溶け込むような仮想世界や精密なホログラムが開発されるようになると、空想した完成品のイメージを目の前に表示してサイズ感や設計を確認することができたり、自分が仮想世界で行った危険な作業をロボットに代わりにやってもらったり、誰かの体験を自分の視界で経験できるなど、様々な可能性が広がります。今まで小説や映画、ドラマでScience Fictionと呼ばれていた「少し未来」の技術は、もう私たちの手の届くところにあります。xR技術が業務のあり方の変化に留まらず、私たちの生活そのものを大きく変容させるのも時間の問題かもしれません。